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相談者は,他人の土地に倉庫を建てて第三者に賃貸しているとして,その土地の名義人から,長年にわたる固定資産税総額や賃料相当額の合計額を支払うよう求められたという紛争でした。
その土地に倉庫を建てて第三者に土地を賃貸したのは,30年以上も前のことだというので,土地の時効取得を主張すればよい問題なのかと思いましたが,よく話を聞いて見ると,その紛争の原因は公図が混乱していて,公図から土地の実際の所在地を特定できないことに原因があり,それを誤解した相談者が登記名義人に移転登記をお願いしたことに端を発して紛争となったことがわかりました。
相談者は,13年ほど前に父から相続した不動産の中に近畿日本鉄道の鉄道敷に接する300坪ほどの土地(数筆からなる)があり,亡父はそれらの土地に敷地一杯に倉庫を建てて賃貸していたのですが,相続した際に所在地を確認するため名寄帳(「土地家屋課税台帳」または「固定資産課税台帳」)と公図を突き合わせたところ,倉庫を建てて第三者に賃貸している数筆の土地が現状,近畿日本鉄道の鉄道敷に接しているのに,公図上は,倉庫が建っている土地と鉄道敷との間に他人名義の土地があることに気づいたそうです。相談者は,どのような事情があったのかわからないまま,父親が他人の土地に誤って倉庫を建ててしまっているものと思い込み,司法書士に相談したところ,司法書士は,相談者の了解を得て,登記名義人に対し,20年以上も建物が立っているのであるから時効取得をしているはずとし,解決金として100万円を支払うからその土地の所有権移転登記をしてほしいと申し入れたというのです。
登記名義人は,鉄道敷を挟んで向かい側に自宅土地建物を昭和35年ころに買い取っておられるのですが,その際,土地の範囲を示されて買い,その範囲の土地と思って問題の土地と自宅所在地の土地の移転登記をされたのであり,その時点では問題の土地が鉄道敷を挟んだ向かい側にあるとはつゆ思っていなかったのですから,その解決金100万円で移転登記に応じていたのであれば,「棚からぼた餅」であったのに,欲をかいたのでしょう。登記名義人は,その土地で賃料を得いているのであるし,登記名義人は,その土地の固定資産税を長年負担してきたとして400万円を請求してきたというのです。
そこで,当職事務所に相談に来られたのですが,依頼を受けて法務局で公図を、市役所では地番図写しを入手し、これを対比するとともに,近隣の登記簿謄本を上げて公図及び地番図に登記名義人の名前を入れていくと,紛争の原因となっている土地の所在地一帯は地図混乱地域で実際の所在地と公図の位置が一致していないことが判明しました。
すなわち,近隣の土地の登記簿謄本に基づき、公図の写しに近畿日本鉄道の所有となっている土地と道路となっている土地に着色して表示してみました。すると現状ではほぼ直線となっている鉄道敷も公図上は凸凹になっていますし,道路となっている数筆の土地の登記名義は,昭和の市町村の大合併前の〇〇村のままで,しかも,それらの土地,地震で断層が入ったように切れ切れになっていました。さらに,公図上は表示されている土地が登記簿上はなかったり(法務局では登記簿謄本が上がらない。)、公図上、表示されていない土地が登記簿上は存在したり(土地の登記簿謄本をあげることができる。),1筆の土地が何ぴつにも分筆された土地(地番に枝番が付される。)であることをうかがわせる地番であるにもかかわらず,公図上はかなり離れた位置にあったりしました。
このようにある程度の広がりのある地域で公図と対応する現地が著しく相違し、地図等に現地復元機能が失われている状態を呈している地域のことを地図混乱地域と言います。地図混乱地域の発生原因はいろいろなものが考えられます。公図は、それが作成されたのが明治時代で、当時の技術では正確な測量が難しかったこともあり、土地の大まかな位置や形状はともかくも、現地の状況を正確に反映した図面ではなかったこと、さらに,公図作成後、現地の位置・形状が変更されたにも関わらず、それが登記や公図に反映されないまま放置されたことなどが原因と考えられます。
一方,市役所保管の地番図の写しに近畿日本鉄道の所有となっている土地を着色してみたところ,鉄道敷はほぼ直線で示されました。〇〇村名義の道路も一本の道になっていました。
市役所保管の地番図は、固定資産税の土地評価のため土地の所在(町・丁名、地番)、配置等を表示したもので(市役所の固定資産税課で誰でも閲覧謄写が可能です。),地権者間の権利関係を表しているものではありませんが、固定資産税の評価額にかかわるもので、毎年更新されていることから、現況に近いということができます。実際上も本件紛争で問題となった土地の付近一帯は,地番図と公図を比較すると地番図の方が現況に近いこと明らかでした。また問題となった土地は,地番図では登記名義人の自宅所在地の土地と同じ箇所に表示しているといました。市役所は,同じ土地として固定資産税評価をしているものと思われます。
そもそも,相談者の父が昭和38年に賃貸している土地数筆を買い取った当時,いずれの土地も田で、前所有者からその境界を示されて購入していること,一方、登記名義人は,昭和35年に自宅の敷地を購入した際に,本件土地も一緒に所有権移転登記をしているのですから,買い取った土地の範囲については売買契約の際に説明を受けているはずです。もしその際に本件土地の所在地が近畿日本鉄道の鉄道敷を挟んだ反対側にあるとの説明を受けておられたのであれば、その後、今日まで50年以上も放置していたということは考えられません。
そこで,以上の事実を記載した書面に公図写,地番図写,登記簿謄本写、登記簿謄本上の登記名義人一覧表を添え,相談者が登記名義人の土地を占有している事実はなく、損害賠償をしなければならない理由はないとしたうえで,「本書をもってこれらの事実を理解し、ご納得していただければ幸いですが、もし納得ができないということで、今後も請求をされるというのであれば、債務が存在しないことの確認を求めて訴訟を提起する所存であること念のため申し添えます」とした書面を送付したところ,納得してただけたのか,そのまま何の連絡もなく事件は終結しました。
今頃,登記名義人は,司法書士を通じて提示された解決金100万円で移転登記に応じるとの申し出を受け入れていればよかったと後悔されているのかも知れません。
なお,公図混乱地域の解消は容易ではありません。というのは,土地を公的に保障する公図は所有者の同意なしでは変える事は出来ず、そのため公図を訂正しようとすれば,所有者が隣り合う者同士で現況の境界線を認めるという集団での同意を得なくてはならないからです。
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